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5「荒巻義雄の世界」展 企画の紹介と詳報

B 企画の詳報


a 文芸講演会/シティ・マイスター荒巻の就任演説
 「ニュー・ユートピア・シティーへのいざない」

2014年2月8日 午前10時30分~正午
北海道立文学館地下講堂
聴衆 約80人

講師 荒巻義雄(作家)
司会 井内佳津恵(北海道立文学館学芸課長)=当時
冒頭挨拶 瀬戸正昭(詩人、「荒巻義雄の世界」展実行委員会事務局長)

井内 大変お待たせいたしました。朝の開会式からお待ちいただき、ありがとうございます。これから「荒巻義雄の世界」展文芸講演会を開催いたします。本日の演題は、シティ・マイスター荒巻の就任演説「ニュー・ユートピア・シティーへのいざない」となっております。荒巻先生にお話を頂戴する前に、本展の共催者、「荒巻義雄の世界」展実行委員会の事務局長である瀬戸正昭より、先生のご紹介を申し上げます。

瀬戸 みなさん、おはようございます。今日は文学館にお越しいただき、大変ありがとうございました。この文芸講演会は、本文学館の今年初めての特別文学展として開かれる「荒巻義雄の世界」展の第1弾の企画です。

 まず、簡単に荒巻先生のご紹介をさせていただきます。荒巻先生は1933年、小樽市でお生まれになりました。早稲田大学で心理学を学ばれ、1970年、評論『術の小説論』、小説『大いなる正午』で作家としてデビューされ、札幌で長く小説を書いていらっしゃいます。その後、『紺碧の艦隊』などの架空戦記シリーズで大ブレークされ、180冊に上る著作を発表され、今日に至っております。最近では詩作にも手を染められ、第1詩集『骸骨半島』で、2012年度の北海道新聞文学賞を受賞されました。昨年は、札幌芸術賞も受賞されておられます。

 さて、前置きはこれくらいにいたしまして、早速始めさせていただきます。

荒巻 どうも。荒巻です。今日はこれから、1時間半にわたり話をさせていただきます。ぼくは80歳です。80歳で1時間半喋るのはちょっときついので、途中、休ませてもらうかもしれませんが、とにかく話してみます。

 「シティ・マイスター」。これは、市長さんという意味で使っています。「ニュー・ユートピア・シティー」というのは、ぼくの初期の作品の『ビッグ・ウォーズ』というシリーズに出てくる巨大な都市型宇宙船です。このシリーズは長い間中断していて、その続編を書き始めたのですが、ここしばらくは展覧会の準備に追われて、なかなか進みませんでした。この展覧会場の「私の書斎」コーナーには、使い古したパソコンを置いてあるのですが、会期中にそこで続きを書こうか、などと考えています。運の良い方は、作家がどんな顔をして小説を書いているのか、見られると思います。旭山動物園(旭川市)は動物の行動展示というのをやっていて、ペンギンが歩いたりしていますが、こちらは作家の行動展示、美術用語ではパフォーマンスですね。

 生原稿と本を並べて終わり、というような従来の文学展では、なかなかみなさんに関心をもたれない。ぼくはもともとパソコンで書いてきたので、生原稿もありませんし。そこで、いかにして見せるか、ということを考えました。実は昨年、詩人で友達の瀬戸正昭さんがぼくをおだててこの展覧会に巻き込んだのですが、そもそものきっかけは、中野正一さんというデザイナーが、ニュー・ユートピア・シティーの絵を勝手に描いて持ってきたことなのですね。「こんな絵があるよ」と、瀬戸さんに見せたら、「これは面白いから、文学展にもっていこう」と。最初は絵を中心にやろうと考えていたのですが、そのうち「年表をつくる」とかいろいろな話が出て、そうもいかなくなり、結局、荒巻義雄という北海道在住のSF作家がどのようにして出来上がったのかをお見せするのもひとつのやり方であろう、ということで、このような形の展覧会になったわけです。

 この仕掛けをしたのが、古い付き合いのある建築家の松橋常世さんで、ぼくはコンテンツをつくりました。このコンテンツを探すのがまた大変でした。年表をつくるだけでも、80年にわたる年表づくりは大変ですね。ここにおられる文学館の井内さんにいろいろと聞かれたのですが、「奥様と恋愛されたのは、何年の何月ですか」とか聞かれても、何年かは分かっても何月かは分かりませんよね。でも、そんなことで苦労して年表をつくり、そのほかいろいろとやりまして、こういう立派な展覧会になったわけです。これはまったく、ぼくだけの力ではありません。いつの間にか10人以上の方が勝手連的に集まってくれて、この展覧会をつくりあげてくれました。自分で言うのもなんですが、こんなやり方の文学展が、これから全国に広まるのではないか、と思ったりしております。かなり話題性のある、面白い文学展になったのではないでしょうか。

 さて、ぼくは、初期のメタ・フィジカルなSFから、超古代史、伝奇推理、戦記シミュレーションとジャンルが広いものですから、今日来られた方もいろいろな方がおられます。どこに焦点を当てればよいのか難しいのですが、現在の状況から、今後世界はどうなっていくのか、というようなお話をしていきたいと思います。

 今年は2014年です。100年前の1914年には第1次世界大戦が起きています。そこから、世界大恐慌を経て第2次世界大戦へ…と続く戦争の世紀の始まりだったのです。ぼくなりに調べてみると、19世紀が20世紀モードへとシフトするのが1913年、14年ごろです。同様に、20世紀から21世紀モードへとシフトするのも、2013年、14年ごろ、つまり昨年から今年にかけてです。実際の年代より、10年くらいずれるのですね。

 では、100年前に何が起きたのかというと、まず大陸間交通が急速に発達します。大型汽船が就航し、海底電線が敷設され、ばらばらだった5大陸が一つになった時代なのです。それと同じことが、いま起きています。汽船の代わりは飛行機です。パソコンが普及し、インターネットというとんでもないものも出てきた。アーサー・C・クラークという英国のSF作家が、「インターネットの普及で人間は一体化する」と言っています。人類全体が一体化することができれば、戦争もなくなります。19世紀から20世紀にかけて、哲学は「個」を重視していました。「個人的自我の確立」とか。これからは、もっと大きな、人類全体が一体化した「個」になる時代に入るかもしれません。

 ここで、『ビッグ・ウォーズ』シリーズの話に戻します。このシリーズはこれまで本篇が4巻出ていますが、その続きを書こうとしているわけです。シリーズの舞台は、人類が太陽系内に進出している未来の時代です。そこへ、宇宙の彼方から「神々」と称する謎のエイリアンたちが現れ、「地球人よ、地球を返せ」と言ってくる。そして、人類と「神々」との戦争が始まるわけです。その物語の中に、「天国都市同盟」を名乗る、人類が建設した7つの海上都市が出てきます。それらの海上都市の盟主がニュー・ユートピア・シティーです。

 戦争の末期、地球が「神々」に占領されるという段階で、7つの海上都市は南極に退避し、宇宙船に改造されて宇宙へ飛び立つという設定です。ここから始まる『銀河編』の第1巻『天翔る銀河遊牧民』を現在執筆中で、第1章をホームページ「荒巻義雄のNEW UTOPIA CITY」に掲載しています。

 実は、この巨大な都市型宇宙船をどうやって飛び立たせるかが、まず大変でした。昔は「反重力」という便利なSF概念があって、それを使えば良かったのですが、ヒッグス粒子が見つかって、そうもいかなくなった。これで困りました。なんとかごまかして書いていますけど。SF作家って、けっこう細かいところまで考えているのです。

 銀河系内を飛ぶ星間旅行も大変です。何しろ、太陽がありません。電気などのエネルギーは調達できるにしても、太陽がない世界で、人間は精神的に生きていけるのか。これは大変な問題です。ニュー・ユートピア・シティーは人口750万人くらいですが、完全に孤立した社会です。どうしようかと考えた末に、植物をいっぱい繁らせることにしました。それから、パリ市内くらいの大きさの都市に750万人を住まわせるのは無理なので、3分の2の500万人を交代で冬眠させることにしました。牛などの家畜も小型化し、各家庭で飼っています。

 設定が300年以上未来の世界なので、人が死ななくなるのも、ある意味で問題ですね。人口はどんどん増えるわけだから、どうするか。哲学や倫理も変わっていくでしょうね。それぞれ死に方を考える。死にたくなくても、「飽きたから100年くらい冬眠するわ」とかね。今の時代ではありえないことが起きてくるでしょう。そこまで考えるのがSFです。いろいろな知識がないと、なかなかSFは書けません。

 人間とは何か、といろいろ言われていますが、人間という概念が出てきたのはそんなに昔ではなくて、18世紀くらいですね。例えば、ルソーの『人間不平等起源論』を読むと、ルソーの言う「人間」とは白人です。それがだんだん普遍化してきて、今の人間の概念になるわけですが、ここで気をつけなくてはいけないのは、人間の概念というのは変わりうるということです。環境によって、生物の進化は変わっていくわけです。

 SFではいろいろな例がありますが、ハル・クレメントが書いた『重力の使命』という感動的な作品は、ものすごく重力の大きな円盤型の惑星が舞台になっています。そこに住むのは地べたを這うザリガニのような生物です。

 人間も、環境によって変わっていきます。ニュー・ユートピア・シティーに住む人間も、宇宙を飛んでいるという環境の中で変わります。物語は、とんでもない設定をしていまして、宇宙へ飛び立つ際に月と金星を盗んでいきます。その設定で、いろいろなことが考えられるのですが、ニュー・ユートピア・シティーと金星との行き来は「軌道エレベーター」を使うとか考えています。今の科学では不可能ですが、カーボン・ナノチューブのような新しい素材も生まれているので、みなさんがぼくくらいの年齢になるころには、実現しているかもしれません。人工冬眠も、科学技術の発達でできるようになるでしょうね。今の医学では治らない病気も、冬眠すると100年後には治るかもしれない。5000年前にエジプト人がミイラに託した再生の夢が、実現するわけです。

 SFというのは、「クンスト」、つまり「術」の小説です。社会が抱えるさまざまの問題を、例えば冷凍睡眠という術を使って、合理的に解決していく。これからは、そういう考えをしないといけない。お互いが自己主張するだけでは、決して問題は解決しないでしょう。日本人は、ある意味、妥協にたけていますね。曖昧なところで解決しています。これが良くないという人もいますが、ぼくは案外、日本人はかなり成熟していると思いますね。

 余談になりました。ニュー・ユートピア・シティーの話に戻ります。この都市は現在の地球に比べて人口が極めて少ないので、大量生産、大量消費の金融資本主義は成り立たないような気がします。資本主義でも、成り立つとすれば、ひと時代前の産業資本主義ですね。みんなでお金を出し合って、小さな会社をつくる。大量生産の必要がないので、そのような形になるでしょう。話は飛びますが、この都市では、火を使うことはご法度です。閉鎖空間ですから、火事を出すとみんな死んでしまう。火を使うには特別な資格がいるので、各家庭での炊事もありません。

 教育のために、学校は必要でしょう。コンピューターを使えば勉強はできますが、人間は勉強のために友達がいなくてはならない。友達同士で、それぞれの知識を補うことができます。今回の展覧会も、それぞれ特技を持った人たちがわっと集まってきて、チームをつくって創り上げました。若い人たちに言いたいのは、人脈が大切だということ。本当の財産は、良い人脈です。良い人脈をつくるには、自分もよく勉強して、お互いに知識を与え合わなければならない。そこに生まれるのは、顔と顔をつき合わせる親密な地域社会です。ニュー・ユートピア・シティーは、そんな社会にしたいと思います。

 今、興味を持っているのは、3次元プリンターです。この発明はすごい。自分でなんでも好きなものを作れるわけだから。この発明は、社会と人間を変えると思います。お金を出して買うのではなく、自分で作ることが大切なのですね。

 それから、人間の脳にも興味を持っています。展覧会場に入ってすぐの書斎コーナーに大きな写真がありますが、あれはぼくの脳の断面の写真です。人間の脳って、これからのすごい研究材料になると思います。宮崎県の都城市に、ぼくのファンで大病院の院長の藤元登四郎さんという方がいるのですが、その方に話を聞くと、人間はリンゴを見てもそのまま脳に転写されるわけではない。網膜に映った像は、形とか色とかがバラバラになって脳に伝えられ、脳で再構成されるそうです。面白いですね。また、人間の脳はほとんど使われていないのです。でも、コンピューターが発明されて、刺激を与えるとパッと映像が出てくるように、人間の脳とコンピューターがどうも似ているのではないかと言われ出した。脳をどう使いこなすかが、これからの大問題です。ペンローズという科学者が「量子脳」という考え方を提唱していますが、人間の脳は、もう素粒子レベルで研究すべき対象になっています。

 原稿はちゃんと用意してきたのに、また暴走状態になってしまいました(笑)。いろいろな話をしましたが、ぜひ言っておきたいのは、現在執筆中の『ビッグ・ウォーズ』銀河編1のタイトル『天翔る銀河遊牧民』についてです。なぜ「遊牧民」にしたかというと、「遊牧」はつまり定住しない人の思想ですね。定住空間というのは、一種の国家装置です。決まりとか、いろいろとやっかいな制約があります。しかし、国家と国家の間の砂漠とか草原とか、宇宙空間もそうですが、そこには国家の制約がない。ここなら、人間はかなり自由に暮らせる、と。われわれ、これから生きていくうえで、秩序の世界に身を置きながら、遊牧的な考えをしていく必要があるだろう、というのが、この概念を提唱しているドゥルーズなどの考えですね。

 いつもの通り、取りとめのない話になりましたが、このへんで。何かご質問があれば受け付けます。

井内 どうもありがとうございました。せっかくの機会ですので、先生にお尋ねしたい、という方がいらっしゃいましたら、お手をお上げください。

会場 お話の中で、伝統文化を変えるような新しい技術の話がいろいろ出てきましたが、先生はそのような技術に拒否感はありませんか。

荒巻 ぼくは、新しいもの好きですよ。使えもしない翻訳機とか、すぐいろいろなものを買ってくる。新しい技術には、適応しなければどうにもならないですね。ただ、流されちゃだめだね。ぼくも大学の先生をしていたけど、今の若い人はすぐにコピペするから、同じ回答がたくさん出てくる。これは由々しき問題です。最近はSF評論賞の応募作でも、大学院クラスの人がコピペしてくる。人と同じことを考えてはだめ。反対に、水平に、斜めに考えないと。SFをたくさん読むと、そういう思考法ができる。そういう思考法を身につけてください。

会場 ニュー・ユートピア・シティーの人口ですが、なぜ(冬眠している人を除いて)250万人なのでしょうか。自分の感覚では、50万人くらいでもいいような気がしますが。

荒巻 それは、その通りです。実は、ニュー・ユートピア・シティーが海上都市だったころは、人口1000万人でした。地球を離脱する時にかなり減らしましたが、物語の流れの都合で750万人にしなくてはいけなかった。この750万人の人たちを、パリくらいの面積の都市でどう養うか。それを考えるのが、SFなのです。問題解決の方法として、人工冬眠とかを考えていくわけです。SFは面白いよね。ぼくは、死んでも生まれ変わって、またSF作家になろうかと思っているくらい。ただ、人のやらないことをやらないとだめだね。人のやらないことをやると必ず批判されるけど、それに負けてはだめです。書いた方が勝ちなんだから。最後までやるより、しょうがない。ぼくも、ずいぶんいろいろとあったけど、書き続けたからね。

井内 先生のお話も尽きないようですが、時間になりましたので、本日の講演会を終了とさせていただきます。荒巻先生、どうもありがとうございました。

(以上、講演会要旨)

b パネル・ディスカッション「荒巻SFの原点を語る」

「荒巻義雄の世界」展報告書

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